繊細な息子と向き合うということ

二度寝 カウンセリング
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こんばんは、うたりです。

前ブログの記事(一年半ほど前のもの)を再掲です。

いろいろなことが変わりつつも、変わらない課題が残っていて。
改めて一度考えなくてはなと。


今日(3月9日)の札幌は氷の上に雨水が踊り、足元が最悪の状況だった。
関東出身+運動神経皆無(運転免許も取得断念)のわたしには、難易度「地獄」な感じ。
これを乗り切れば暖かい春が来ると信じ、プルプルと太い足を震わせながら、ビシャビシャの道を歩いた。

今日はカウンセリングと診察だったので、最近悩みがちな仕事上のやり取りことと、息子への対応のことを相談してきた。
今回はその事を記そうと思う。

息子は繊細マン

先日、以下の内容をFacebookに投稿した。

息子のこと。
息子は4歳になり、以前よりおしゃべりも沢山するようになってきた。

もっと小さい頃から怖がりだと思ってはいたが、最近は「嵐来ない?」「今の音何?」とよく聞いてくるようになってきた。
「いい子にしてたら風来ない?」「嵐も来ない?」と聞いてくる。

「自然は人がコントロール出来ないものだ」と説明しているが、まだまだ理解できないよなぁ。
でも「そうだよ、悪いことしたら嫌なことが起こるよ」とは絶対言いたくない。

きっと息子は小さなことに気づくことが出来る細やかな感性の持ち主なんだろう。
正直繊細さに困ることはあれど、「そんなことくらいで怖がるな!」とは言いたくない。

違う方向から見ればある意味息子の強みとも言える感性を、育てていけたらいいな。
願わくは、日常生活で激しく困らない程度に収まってほしいけれど……どうかな。

健やかにのびのびと育ってくれーー!

このポストを見るとお分かりになる通り、我が息子(4歳)も、立派にわたしのビビり体質を受け継いでいるようだ。
風が吹いては「今の音何?」
明日は嵐との天気予報を見れば「おうち飛ばされない?」
ガタンと音がすれば「大丈夫?」
とにかくなにか起これば不安が顔を出す。

それに対して、わたしはなるべく寄り添いたいと思っている。たまにイライラするけれど。

「なにか怖いとか、こうじゃなきゃダメとか、そう言った気持ちにも親として寄り添いたいなと思っています。
今の時期は、大人は受け止めてくれる存在だと安心してもらいたいんです」
とカウンセリングの時に言ったら、
「発達心理学的に満点のお答えですね」
と心理士の先生に褒められた。いえい。

頭でわかっているけれど、実践できなきゃ意味が無い。肝に銘じていこうと思うが、今日も夕方から電池切れ気味だったりする。
体力欲しいな。

思い出したのは子供の頃のこと

なぜわたしが受け止めてくれることにこだわりとも言えるほどの執着を見せるのか。
カウンセリングが終わって肉を食いに移動している時に、ある光景が頭をよぎった。
正確には、その時目を閉じていたから、薄暗い赤い視界と声を思い出した、と言うか。

わたしはまだ幼稚園児だった。
父親の故郷を訪れ、自宅に帰ってきた。車での往復だった。
帰り、わたしは酔いやすい体質だったから、酔い止めを飲んで寝入っていた。しかし家に着いてバタバタする雰囲気に、意識は覚醒してきていた。

「寝てるな」父の声が聞こえた。「どうする、起こすか」
わたしは寝たまま聞いていた。
「重いから起こしましょう」母は答えた。
そして揺り起こされた。

わたしは当時から太っていて、たしかに重かった。
でもまだまだ甘えたかったんだと思う。抱っこして家に連れてって欲しかった。その父母のやり取りにひどく傷ついた。

直接「受け止める」というものに繋がる経験ではないが、わたしの両親との関係を思い出す時、なぜだかこの出来事をよく思い出す。

わたしが笑ったらため息をつく母。話しかけても上の空の父。ほぼ姉のことで手一杯の両親。
いつもそうではなかったかもしれないが、わたしは両親に正面から受け止めてもらった記憶が無い。

多分、誰が悪いってことよりも、親と子の求めるものと与えるもののミスマッチと言うか、わたしの受信機が規格外だったための寂しさだったのかもしれない。

息子にはそんな寂しい思いをなるべくさせたくないと思っている。
保育園に預けて働いているが、わたしにはその時間も必要だと考える。
密室育児はわたしには負担が多すぎるので、色々な方の手を借りながら息子を育てている。
息子と接する時間が専業主婦の方より短くとも、その間の質をなるべく上げていきたい。

夫versusわたし

そんな中、夫との教育方針の相違に少々手こずっている。
例えば先程の、音がすれば「何の音?」という息子の言葉に、夫は「そんなこと気にするな」という対応だ。
対する私は、息子の不安が透けて見えるので、なるべく説明してから「不安だね、でも母ちゃんもいるし大丈夫だからね」と言いたい。
最近、何でも一番になりたくて仕方が無い息子に対し、夫は「そんなことで泣くな」、わたしは「一番早いのだけが偉いんじゃないよ、競走で負けることもあるよ、悔しかったね、次勝てるといいね」と言いたい。
「そんなふうに甘やかすな」と、夫は言う。

夫はおおらかマン

ここで夫の紹介をすると、とてもおおらかである意味鈍感な、自己肯定感の高い人、だ。
だからこそこのしち面倒臭いわたしとも長年付き合ってこられたのだと思う。
とても許容範囲の広い人間だと思う。

しかし、人間の特性は何事も良い面悪い面表裏一体だ。
物事を深く考えたり気にすることの少ない夫は、わたしに対しても息子に対しても、「気のせい」「そんなの気にするほうがおかしい」と、なかなか繊細マンの心情に理解が及ばない。
全く性質の異なるものを理解することは、本当に難しい。わたしも夫の気持ちを推し量ることがあまり出来ない。

話し合う

この間、こう伝えた。
「怖いとか自分が大事に思っている気持ちとかを、『そんなことで泣くな』とバッサリ切り捨てられたら、息子はショックだし悲しいと思う。だから、わたしはなるべく寄り添いたいんだよね。わたしは小さい頃そうしてもらいたかった」
夫はこう答えた。
「そうだね……」
少しはわたしの気持ちを分かってもらえただろうか?
いや、ここで油断してはならない!
こんなやり取り、今まで何度もしているからだ!

夫の中のヒエラルキー

夫の中のヒエラルキーでは、わたしは夫よりたいそう下に位置する。
例えば、わたしが指摘したことを直さなかったが、同じ指摘を義母にされたら真剣に考える、など。
マザコンなのか?と一時期思ったが、夫を観察するうちに、わたしの立ち位置がかなり低く設定されているためではないかとの考えに至った。
彼の中の母親像は、共働きで家事も完璧にこなしたショートスリーパーのスーパーウーマンである義母である。
障害もあり、その基準著しく満たないわたしは、彼にとって落伍者なのだ。
そんな思考をおそらく彼は自然に考えなしにやっているのだと思う。とても悲しい。
あまりに尊重精神が足りない時は、「家族でもちゃんと尊重することって大事!」と伝えているが、道ははるか遠い。

主治医の力を借りよう!

そんなことを主治医に相談したら、「今度診察にご主人も来てもらいましょう。ご主人、根性論の人だもんねぇ」と苦笑された。
まだ夫には2度ほどしか会っていないはずだが、主治医、よく分かっていらっしゃる。エスパーか。
という事で、専門家であり夫的ヒエラルキーの上に位置する主治医の力を借りて、息子に対する言動について説明をしてもらうことになった。
やったね。

三人寄れば文殊の知恵とも言いますが、三人寄ればまだらぐもいと(ドラクエのアイテム。蜘蛛の糸がぐるぐる巻きのたまになったもの)だわ。家族でもね。

満点なんて多分ない

こんなふうに偉そうに言っているわたしですが、体調を崩してからは夕方になれば体力が尽きて使い物にならなくなる日も多々あり、一方的に人を責められるような立場ではない。
とはいえ、息子に関しての信念は譲れないので、体力を底上げしつつ策を練ろうと思う。

 


という記事を2018年3月にも前ブログにアップしていたのを、今発掘しました。

同じような状況なんですけど。
軽く絶望を覚える。

しかし、進んでいることもあるもんね!

うたり
うたり

人生は一進一退……!

 

それでは、良い夢を。

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